ねえねえ知ってた? 平成十八年十二月

平成18年12月31日(

 ようやく年賀状の発送も終わりました。毎年、お姑さんを始め、家族みんなの年賀状の印刷屋さんを引き受けているワタクシ。今年はとうとう自分の分が最後になってしまいました。12月初めから「今年はどんな内容にしようか?」と考え続けていましたが、なかなかいいアイデアが出ませんでした。ですから数日前、小咄のオチが浮かんできた時にはホッとしましたねえ。そこから、オチに到る話の設定を考えたという次第。4年前は羊の親子の会話を綴った小咄でしたが、今年もイノシシの親子にご登場願いました。お節作りはお姑さんがしてくださるので、有り難かったです。途中切れたインクを買いに走ったり、印刷ミスをしたハガキを郵便局に交換に行ったり、年賀状一筋に打ち込んだ大晦日。生涯忘れないことでしょう。その代わり私は、お正月2日以降に、新たなメニューに挑戦致しましょう。あら、いけない。年越しそばの材料を買いに走らなくては・・ホッとする間もなく、新年が近づいてきます。
 それにしても、年越しソバの習慣が始まった背景もおもしろいですね。「昔の言い伝えが運を呼ぶ!」というHPには、次のような解説が載っていました。

【大晦日に年越しソバを食べると、お金が集まる?!】

年越しは蕎麦に限るホントの理由とは・・・
江戸時代、大阪の金銀細工師が、一年の仕事納めの日、あちこちに飛び散った 金粉や銀粉を集めるため、ソバ粉を熱湯で練って団子を作り、それで床や畳を たたいた。すると、金粉、銀粉がソバ団子にくっつく。それを火で焼くとソバ は灰になり、金銀の粉だけが残った。こうしたところから、いつしかソバは金を 集めるということになり、大晦日にソバを食べて、新しい年に金が集まるようにと、 縁起をかついだのである。

 さて、我が家の近くには「曽根崎心中」の道行の場で聞こえていた鐘が保存されています。毎年、町内会の方々のお世話で、近隣の方々が「除夜の鐘」を突きに集まります。けれども日本と違って、キリスト教文化圏はクリスマスに埋もれてしまい、大晦日は新年へのカウントダウンをするくらいのものだそうです。でもオーストリアは少し違っていて、大晦日は「シルベスター」と呼ばれ、無事に 1 年が終わったことを祝うパーティが一晩中開かれて、鐘の音や花火で大騒ぎとのこと。いずれにせよ、どこの国も他国を脅かすことのない平和な新年であってほしいものです。フセイン大統領の死刑執行によって、またテロが起きて悲しい大晦日でした。

 そんな中で、ワタクシの一年は本当に幸福に満ちたものでした。84歳の義母に始まり、夫は仕事に・・子どもたちは勉強に・・みな元気に励んでくれました。私が落語作家修業ができるのも家族の理解と協力があってのこと。ひとりひとりに本当に心より感謝です。そして、古くからの友人知人の方々とも楽しい時間を過ごさせて戴きましたが、年初のHP開設を通して出会った皆さまが、こんなにも心の通う有り難い存在になるとは思いもかけませんでした。今年戴いた新たなご縁にも只ただ手を合わせます。そして、その縁を結んでくださった久世栄三郎様には、数々のご厚意に対し、特別の感謝を捧げたいと思います。
 その他にも、大切な友人たちの病気が快方に向かったこと・・落語作家修業が大きく前進したこと・・子どもを通した不思議なご縁や、落語やメンタルヘルスに関心を持つ新たな友人が出来たこと・・素晴らしい人や本や映画にもたくさん出会えたこと・・私の心の中も含めて、嬉しい変化がいっぱい!除夜の鐘を数えるたびに、私を支えてくださった全ての存在、お1人お1人、ひとつひとつに想いを馳せながら、「ありがとうございます。」と唱えることに致しましょう。皆さまを待っている新しい年が、幸福と健康と豊かさと成長と・・数々のプレゼントを運んできてくれることを祈念しながら、平成18年の不老具を終えたいと思います。


平成18年12月25日(月)

 12月25日といえば、イエス様がご誕生された日だと言われています。けれども、先日迎えた冬至とクリスマスの間には密接な関係があったんですねえ。ワタクシ、この歳になって初めて知りました!
 冬至は、一陽来復(いちようらいふく)と表現されますが、 古代ローマでは、太陽の高度が最も低くなる冬至を「太陽が新しく生まれ変わる日」として盛大に冬至祭を行っていました。古代中国でも、冬至を一年の始まりとし、やはりお祝いをしていました。洋の東西を問わず、昔は冬至をとても大切に扱っていました。
 たとえば、キリスト教が広まる以前の古代ローマでは、ミトラ教の信仰が 中心で、太陽の神ミトラが冬至に死に、 その3日後の25日に復活すると考え、盛大なお祭りをしていました。また、古代ローマ帝国の農耕の神に捧げる祝祭や、ケルト人やゲルマン人たちの冬至祭も、25日に為されていました。
 実はこの25日という日がキリストの誕生日と定められた背景には、キリスト教を広げてゆくための戦略のようなものがあったのですねえ。というのは、 キリストの誕生日は聖書にも記されておらず、いろんな説があったようです。 そこで、まだローカルな宗教のひとつに過ぎなかったキリスト教を流布する過程で、イエスキリストの降誕を太陽が昇ることになぞらえて、先行する宗教の祭日をキリストの誕生日とすることにしたというのです。325 年のニケア公会議で正式に定められたこの決議。これが「クリスマス誕生の瞬間」なのです。詳しくはこちらをご覧下さいませ。ちなみに前夜の24日にお祝いするのは、昔の暦では日没が1日の始まりだったから・・という理由だからだそうですよ。
 仏教の歴史にも同様の工夫が見られます。インドから中国に伝わる過程で、中国人に受け入れられやすい内容の偽経が作られ、仏教の布教を助けたと言われています。家族を捨てて出家したお釈迦様の行動は、悟りを求めるためとは言え、儒教の影響の強い中国では受け入れ難いものだったのでしょう。そこで父母を大切にする教えもあることをアピールするために、「父母恩重経」が創られた(唐の時代)とする研究もあります。(詳しくはこちらで)皆が家を捨てて出家してしまったら困りますからね。儒教の考えや在家の立場を重んじたお経も必要だったのでしょう。
 このような歴史を観てゆくと「人は共通点や親和性を感じるものを受け入れる」という性質があることがわかります。たとえば、出身校や趣味や経験が同じなら、一気に親しくなったりしますものね。新しいものが広がってゆくプロセスには様々な苦労がつきもの。初期のキリスト者たちは命と引き替えに布教をされてきましたが、そのような苦難を避けるためにも、共通性を訴え、受け入れてもらう努力が必要だったのでしょう。おかげで中国に根付いた仏教は日本へと伝わり、今日に到る仏教文化が育まれたのですね。

 仏光幼稚園という浄土宗系の幼稚園に通うことに始まり、仏教色の強い環境で育ったワタクシではありますが、昨夜のクリスマスイブには部屋を暗くして蝋燭を灯し、静かな音楽をかけながら、イエス様やイエス様をこの世に遣わされた方に感謝を捧げました。不思議と毎年、我が家の子どもたちが涙を流す時間となります。クリスマスイヴを祈りを捧げる時間とするのは、キリスト教も仏教も私の中で仲良く共存しているから・・華厳経では「毘廬遮那仏(びるしゃなぶつ)」、大日経では「大日如来」、法華経では「久遠実成の本仏」など、御名前は異なりますが、実は仏教にも、西洋の創造主と同一視できる仏が存在すると知ったからなのです。つまり、イエス様やお釈迦様・・教えを説かれる方が違っても、その指が指し示していた先は1点に交わる・・と解釈しているので、私にとっては仏教もキリスト教も同じ山を登るルートの違いに過ぎません。もちろん、日本神道にもアメリカやオーストラリアの先住民の宗教にも、同様の神の存在が示唆されていますね。だから、西洋で創られた映画に東洋人が感動し、日本の文化に欧米の方々が心惹かれる・・これは、同じ源を持つゆえに、人間の心の性質はみな共通しているからではないでしょうか?
 もちろん人間には、何でも分類したがる人もいれば、統合的に考えることが好きな人・・いろいろおられるでしょう。
 けれども、インターネットで世界がひとつになった現代、国や宗教ごとに分けてものを考えるやり方は、もはや古いのではないかと思うのですが・・それぞれの個性も認めながらも、共通点を探る方向で世界が進んでいってほしいものです。

 その点、日本人は"統合の天才"ではないかと感嘆します。日本神道の土壌に、仏教を始めとする大陸文化を取り入れ、隣国と協調しながら国を発展させてきました。廃仏毀釈の時点で少し軌道がずれたようですが、明治維新や終戦後には、欧米の精神や制度・技術を取り入れ、驚異的な成長を遂げてきました。昔から良いものは積極的に取り入れてきた寛容性が、今の日本の繁栄を築いてきたのでしょう。
 ついでの豆知識ですが、実は日本人が家でお風呂に入るようになったのも、仏教伝来に由来します。昔から、日本人は温泉や石風呂(自然の洞窟や岩屋を利用した"蒸気浴(じょうきよく)")を利用していましたが、6世紀に伝わった仏教では風呂に入ることは「七病を除き、七福が得られる」と説かれてたのです。そこで、寺院では「体を洗い清める」という修行のために浴堂が備えられ、浴堂のない庶民にも入浴を施したことから、湯船に浸かるという習慣が始まったとされています。お盆もクリスマスもお正月も違和感なく共存させる日本人。愛すべき日本に幸いあれ。


平成18年12月18日(月)

 先日、お掃除の効用を力説したサンサンてるよ。今年は毎日細切れに部屋の掃除に取り組もうと、昨夜からコンロの下と側面をキレイにいたしました。今日はキッチンの油汚れに徹底的に取り組もうと、シンクの側面のタイル、スチールの棚、シンクのスチール部分全部、そしてシンクの扉をピッカピッカに・・・
 と、そこまではヨカッタのですが、昼頃から右足首がジンジンしてきたのです。「あ、もしかして朝の捻挫がひどくなったのかな?」とイヤな予感。実は今朝、浅い排水溝に足を取られ、足首をぐねってしまったのです。その時はほとんど痛くなかったので、大掃除をしたり、お姑さんとこに年賀状の見本サンプルを届けに行ったりと、走り回っていました。毎年、家族の年賀状はデザイン集から選んで家で印刷しているんです。ところが、そうこうしている内に、ピョコタンピョコタン足を引きずらないといけない状態に・・ということで家事は一旦中断。近所のカイロプラクティックの先生に電話をすると「15分ずつ保冷剤で3回ほど冷やしてください。足首をかばってふくろはぎの筋肉が張っているようならポンポン叩いてみてください。」と診察中にも関わらず、親切に回答してくださいました。そこで、靴下を2枚履き、間に保冷剤を挟んで、冷えすぎたなと思ったら少し中断。アイシングを繰り返しました。
 動けなくて退屈なワタクシ、インターネットにつなぎ「捻挫、応急処置」で調べると、「RICE」という言葉が目に飛び込んできました。先日、アイシング(冷やす)という言葉を覚えたところですが、「RICE」とはお米ではなく、応急処置の基本のようですね。




軽いケガにはRICE(ライス)をしましょう!
  「Rest(レスト)・・・安静、動かさない」
  「Ice(アイス)・・・冷却、氷、アイスパック等で冷やす」
  「Compression(コンプレッション)・・・圧迫、包帯等で固定圧迫」
  「Elevation(挙上、受傷部位のエベレ−ション)・・・
              受傷部位を心臓より高い位置にする」

上記「RICE」は、打撲、捻挫等、スポ−ツ中ばかりでは無く、よく起こり得る怪我に対応出来る方法で、痛みや腫れを最小限に抑える事により、治りも早くなります。ただし、気を付けなければならないのは、冷やし過ぎや圧迫のし過ぎです。痛みを軽くし、内出血や炎症を抑える為、氷で患部を冷やすのですが、冷やし過ぎると凍傷を起こす恐れがありますので、タオル等を患部に当てて、その上からビニールに入れた氷をあ当てて冷やして下さい。タオルを濡らしてやるとさらに効果的です。冷やす目安として、10分から15分位ですが、ピリピリした痛みが出て来て、やがて無感覚になって皮膚が赤くなってきます。それを過ぎると白くなってきます。白くなって長時間経過すると凍傷が起きますので、冷やすのを一旦やめること。つまり、赤い状態でやめて、再び痛みが出て来たらまた冷やす事を繰り返します。圧迫が強過ぎると、血流が悪くなったり、神経を圧迫する事があるので、腫れが多い時には特に注意する事。それと同時に、患部の先が青くなったり、しびれが出たら一旦圧迫をしている包帯等を緩めて下さい。当日はお風呂で温めないように・・

・・・と整骨院のHPなどに書かれていました。ワタクシの場合、手当てが遅過ぎて、夕方になったらジンジンジンジンジンジンジンジン・・何だかクリスマスソングのオープニングみたいですが、そんなええもんではございません。5月のギックリ腰以来の痛みです。皆様もワタクシのようにならないよう、捻挫をしたなと思ったら、動かず冷やしてくださいね。

<追記>
ご心配をお掛けしてもいけないので、現在の状況を・・ジンジンは湿布薬の助けも借りて、8時頃からようやく収まり、全体重はかけられないものの、随分と楽になりました。痛み止めも飲んだので、それも効いたのかも?一時はどうなるかと思いましたが、安らかに眠れそうです。


平成18年12月11日(月)

 師走は大掃除の月でもあります。大晦日には、あちこちの神社で大祓えの神事が執り行われます。大晦日のみならず、6月30日も「夏越しの祓え」と言って、心と環境を浄める行事がありますね。古来より人々は、半年に1度、心の汚れを落とすことを習慣にしてきました。そのために必要な外からの環境整備が「掃除」だと言えるでしょう。最近、「掃除の重要性」を説いた本がベストセラーになっていますが、昔の方々は、掃除が心に及ぼす影響を既によくご存じだったのでしょうね。6月30日の不老具でも「そうじパワー」を綴りましたが、今日は半年ぶりに又、掃除の話題を・・
テーマは「捨てる勇気」。
 昨日は「そうじ力で自分磨き」(舛田光洋著)を読んでおりました。そして、「いろんなものを溜め込んでいたなあ。」と反省し、思い切って押入の整理を・・今回捨てる決意をしたのは、いつかは要るかも?と取っておいた参考資料の数々、子ども用の見なくなったビデオ(一部は他の方に譲る)、子どもの作品の数々(一部だけ残し、残りは写真に撮って日記に貼る)、その他、3年以上使っていないもの・・心の中の執着との戦いです。
 更にこの著者が奨めているのは、パソコンの中の不要なメール・お気に入り・文書ファイル・画像などを消去する事。これは目からウロコでしたねえ。パソコンの立ち上げ時間を減らし、気の流れ(きっと、パソコンにもあるんでしょう。)をスッキリさせるためにも、ごみ箱にせっせと移動。最後に「ごみ箱を空にする」をクリックすると「シュシュッ」とシュレッダーのような音がして、データがどこかに飛んでゆきました。あの音は気持ちいいですね。失敗した原稿用紙を丸める音にも似ています。
 その他にもビジネスマン向けに、不要な名刺、本に書類、必要以上にテレビを見る時間、無駄な情報、余計な仕事、現段階での成功・・いろいろ捨てるべきものが並べられていました。不要な本は、先月book-offに送ったところ。1冊100円か200円にしかなりませんが、本棚がスッキリするのは有り難いこと。テレビはほとんど見ませんが、インターネットで調べたことはついつい印刷し、随分溜まっているかも?頭の中に放り込んだら、思い切って捨てなくちゃ。
 また、普段の掃除で行き届かない箇所を磨き込むと、雑念が去り、反省の心が沸き、平静な心を取り戻すとか・・そこに、不可欠なのが腹式呼吸。息を止めて忙しそうにセカセカと拭いても効果はありません。ゆっくり息を吐き切る要領で、丁寧に磨き込みます。テーブルならまず横にゆっくり往復。次に縦に往復。最後に四角く周りを拭いて終了。実は、こういうリズム運動や腹式呼吸は「セロトニン」という癒しのホルモンの分泌を促すため、うつ病対策にもってこいなんですね。また、そうやって掃除をしたり、机の中を整理している内に、ケンカをした家族や上司の気持ちがわかり、和解が早まるそうです。ですから、磨く場所は相手がよく使う所。上司の机であったり、奥さんの使うキッチンであったり・・詳細は、本書をお読み下さいね。
 この本の中でもうひとつ目からウロコだったのが「三日坊主」の意味。通常は「長続きしない人」のことを言います。仏門に入るも修行が厳しく、辛いと思っていた実社会の方がヨカッタ〜と3日で俗世に舞い戻る人を元々、このように呼んだそうです。しかし、もうひとつの意味があるんですって。俊忍上人の著書に出てくる叡浄という僧が、別の意味の「三日坊主」とか。1日目でお経を全部覚え、2日目で座禅をして悟りを開き、3日目には山を下り衆生を救済する・・つまり3日で悟りを開いた者を讃える意味になります。となると、「自分は何でも3日間しか続かないんだ」と自責の念にかられる必要はありません。3日間集中して物事に取り組めば良いのだ!という希望が沸いてきます。掃除も1日目はこの部屋を片づける、2日目はこの机を整理する・・という具合に時間を区切って物事に取り組めばいいわけですね。3日坊主で心は晴れやか!という逆説の成果が現れるのですから、これはお奨めです。
 その昔、チューダ・パンタカ(周梨槃特)という釈迦弟子が掃除を通してひとつの悟りを得たことって、実はとっても大切な気づきだったんですねえ。お釈迦さまは掃除の効用を2500年以上も前に説かれていたそうです。主婦としての日々の仕事も、仏道修行と思ってしなくては・・と襟を正した次第。先月、ひとつの部屋を徹底的に掃除しただけで、娘たちが帰ってくるなり「何だか部屋の空気が違う!」と感嘆の声をあげていたことを励みに、また、毎日少しづつ、部屋の環境整備に取り組みたいと思います。

平成18年12月2日(

   実は何を隠そう、今日は私の結婚記念日でございます。私より数年早く結婚した大学時代の親友も、確か12月22日が結婚記念日。2人とも年の瀬の挙式に大変でしたが、参列者の皆様はもっと大変!何かと出費が多い上に、普段以上にご多用のはず。たくさんの方々のご出席に感謝の涙でございました。あの日は、三日月にぶらさがるように金星が光り、まるでイアリングのような輝き。前途を祝福してくれていたのかな?
 けれども、私は新婚時代よりも今の方が断然幸せだと言えるでしょう。婚家と実家の間に立っての気苦労、夫に完璧な主婦を求められること、互いの価値観の隔たり・・私のお姑さんの時代の嫁の苦労に比べたら、天と地の開きはあるものの、ストレスをバネに人格を変えながら、成長を遂げてこられたとしたら、この結婚は吉!だったのではと思っています。結婚記念日にプレゼントをいただいたこともなく、釣った魚にゃ餌やらぬ方式の団塊世代の夫ではありますが、今ようやく、実りある修行相手となってくれた事に感謝ができるようになったところ・・酒・タバコ・ギャンブル・女性に手を出さず、子煩悩な父親。平日の単身赴任の間、滅多に外食することなく自室で料理を作り、即、食器を洗う几帳面な性格・・やや奥さんに厳しかったところには片目をつぶり(もう片方はしっかり開いてまっせ!)これからも、長所を拡大視してゆこうと思います。でもね、不思議なことに、気難しかった夫も、私が落語的な人間に変貌を遂げると、最近では冗談を言ったり、朗らかな時間が増えたんですよ。だから、やっぱり「相手は鏡」なんですね!
 ですから、未婚の方も読まれているでしょうが、決して恐れることなく、未知の航海に船出をされることをお奨めいたしますわ。たとえ、何年であっても、何十年であっても、無駄な経験では決してないと断言します。子どもが小さい内は、ストレスを感じる時もあるけれど、喜びの方が断然大きいですし、また、子どもを通してソウルメイトのような友人と出会えることもあってビックリ・・恋愛の喜びも神様からの有り難い贈り物!でも、結婚を通して相手の人格を丸ごと受け止め、時にぶつかってゆく中にも、大きなプレゼントが隠されているように思います。
 他にも、頭でばかり考えていた私が、ハートで感じる大切さを知ったのも、この17年間の経験が大きかったように思います。子どものみならず、心が疲れてしまった方に接する場合には、知識や理性だけでは太刀打ち出来ませんもの。心の深〜いところから、沸き出してくるものしか通じなかった気がします。「本当に相手が求めているものは何か?」心のアンテナを磨く作業や、自分の心が発するものを変えてゆく努力・・主婦という立場にあっても、十分に取り組めるテーマでした。もちろん、「自分とは何か?」という問いにヒントをくれる書物などから知識を得ながらでしたけれどね。
 そういえば、倦怠期を特に感じなかったのは、ひとつは, お見合いから9ヶ月後に結婚のため、燃えるような恋愛時代がなく、最初から落ち着いた夫婦だったからかも?新婚旅行の翌日から「お母さん」と呼ばれておりました。言っときますけど、「出来ちゃった婚」ではありませんよ!もうひとつは「自分を変えることにだけ意識を向けていたから」かも知れません。相手を変えようとするなら、結婚の維持にかなりの困難を感じていたことでしょうねえ。不当な非難を受けた時は「心の黒帯が今、何段か?」を教えてくれるチャンス。心を乱して失敗したなら、また追試のチャンスは巡ってくる・・そう考えていたから、深刻にならずに済んでいたのかも知れません。手強い相手ほど、自分を成長させてくれるのかも?
昔、読んだ雑誌に
中年期の夫婦の危機は自己変革しなければ必ずやってきます。夫婦関係を揺るがす異性の出現は、マンネリ化した秩序への挑戦です。夫や妻の既得権を主張するのではなく、愛を言葉や行為で表現し、智慧と努力で危機を乗り切りましょう。
と書いてありました。危機がなくとも、ごく自然に「自分を変えてゆく」という発想があったことは、やはり有り難かったなあと思います。でもね、実はたった一度だけ「実家に帰ろう〜」とプチ家出を企てたことがあったんですよ。長女が4歳、次女が1歳の頃だったでしょうか?結婚当初は歩いて20分の所にあった母の家。次女の誕生間もなく、淡路島に家を建てて引っ越し、母は故郷へと帰ってゆきました。当時、大阪から淡路島まで、JRと船とバスを乗り継いで3時間半の道のり。ベビーカーを押して、もうひとりの手を引いて・・その大変さと交通費を思った時、ふと「そのお金で、特上のお寿司を食べよう!」と天満橋から上本町の近鉄へと行き先を変更。おいしいお寿司を食べている内にご機嫌が治り、また家に戻ったという、今では笑い話となったエピソードです。「お寿司は夫婦の危機を救う!」そんなわけで、今でも感謝を込めて、月に2回はお寿司を戴いていますねえ。(陰の声・・その話と関係なく食べてるような気がするけど・・)と言うより、単に面倒くさがりだったからなのでしょう。(^_^;)
 家庭環境や学校での人間関係、結婚、子育て、介護、そして自分の心との対峙・・いろんな修行のノルマをこなして、今ちょっとひと息ついているところのような気がします。ちょうど、峠の茶屋で梺の景色を眺めながら、お茶を飲んでいる感じ・・周りには、同じようにがんばってこられた方が次々に寄ってきて、茶飲み話に花を咲かせています。それもこれも、苦難を乗り越えてきた共通の体験があってこそ・・天からの贈り物のような新しい友人たちや古くからの仲間と共に、そして、家族と共に、また頂を目指して山登りを始めようと思います。