究極のサービス--病院編
<登場人物> ★太田はん ●その妻、他、ホスピタル・ニュー大谷のスタッフ
お母ちゃん、あのなあ。ワシ何や、先週からずーっと胃が痛うてなあ。
●どないしたん?あー、わかった、あんたここんとこ風邪引いてたやろ。
   きっと薬の飲み過ぎで、胃が荒れたんとちゃう?
★そうかも知れへんなあ。今日は会社休んでお医者はんとこ行ってこようかなあ。
●お父ちゃん、お父ちゃん、それやったら、このすぐ近くのゴルフ場の跡に出来た
 病院に行ってみ。
★ゴルフ場の跡地に出来た病院?そんなんあったかいな?何や、大きなホテル
  みたいなんが出来てる言うのは聞いたことあるけど・・
●それそれ、駅前に大谷記念病院ってあるやんか。あそこの院長先生が、こんど
 ゴルフ場を買い取って広―い敷地に「ホスピタル・ニュー大谷」ちゅう新しい
 病院を建てたんやがな。
★えっ、何やて?
●そやから、ホスピタル・ニュー大谷。ホスピタルは病院ちゅう意味や。
  ニューは新しい。そやからホスピタル・ニュー大谷!
★ホテルニューオオタニちゅうのは聞いたことあるけど、ホスピタル・ニュー大谷?
  ややこしい名前付けなっちゅうねん。
●そやけど、サービスがホテル並みにすごいんやから、メチャクチャ評判ええんよ。
 これからの病院は、究極のサービスを目指さんと生き残れへん言うて、院長
 先生をはじめスタッフ一同、「えっ!これが病院か!」とビックリするような事
 やってはんねんで。
★何やねん、究極のサービスて?看護婦さんがビキニ姿で迎えてくれるとでも
  言うんかいな。
●ほんまに、お父ちゃんは、すぐに考えがそっちに飛ぶんやから・・ちゃいまんがな。
 見てみ、このチラシ。インターネットで予約できんねんで。
★インターネットで予約て・・あの飛行機や列車の指定席みたいにかいな。
●そうやねん。大体、病院ちゅうのは、長いこと待たされたあげくに、診察時間は
 5分やとか悪う言われてるでしょ。けど、ホスピタル・ニュー大谷は、待つのは
 最大5分。診察や治療はじっくり時間をかけてやるちゅうのがモットーやねんて。
 そやから、インターネットで前もって、予約状況がわかるねん。パソコンで予約
 して、この先生は1時間待ちやなてわかったら、そこから逆上って家を出たら
  ええねん。
★そら、便利やないか。けど、初めての人は、どの先生に予約したらええか、
  わからへんのとちゃうか?
●そやから、どんな先生が居てはるかも、前持ってパソコン画面でわかるように
 なってんねんて。
★えーーーーっ、ほんまかいな。
●まあ、見てみ。ちょっと、パソコン立ち上げてみるさかいな。
    あーー、出てきた出てきた。インターネットを選んでと・・次にな、もう
  お気に入りに登録してんねんけど、あ、これこれ「ホスピタル・ニュー大谷」の
  とこをクリックするでしょ。ほらほら、出てきたわ。
★なになに?「究極のサービスを目指すホスピタル・ニュー大谷。モットーは、
  その1:お客様をお待たせしません。なるほどねえ。
  その2:お客様の気持ちを第一に考え、医師や看護師の指名制度を
      採用しております。
  えーーっ!先生や看護婦さんを指名できるて、そんなん聞いたことないで。
●まあ、見ててみ。ここの予約ちゅうとこをクリックするの。そしたら、内科、小児科、
  耳鼻科・・とか診療科目が出てきたでしょ。
★ほんまほんま、ワシの場合は胃やから内科やな。
●そうそう、内科をクリックするで。カチカチと・・
★あっ、先生の顔が3人出てきたで。
●そうでしょう?左から松田ドクター、竹山ドクター、右端が女医さんの梅川ドクター。
★松田先生に竹山先生に梅川先生・・何や松竹梅の順番に並んでるやないか!
 やっぱり、松が一番ええんか?
●ほんま偶然やね、実はね、一番左がベテランの先生なの。それで、一番右端が
 新米の先生になるように、並べてはるのよ。
★すると、梅川先生は新米ちゅうことやな。そやけど、梅川先生て、べっぴんさん
   やがな。この人にしよかな。
●アホ、写真の下をよう見てみ。梅川先生はね、内科は内科でも肝臓病と
   糖尿病が専門て書いてあるでしょ。そやから、消化器系統には向いてないの。
★何や、残念やなあ。そや、ワシこないだから肝臓がドッキンドッキン言うて
  おかしいなあ思うててん。
●アホ、肝臓がドッキンドッキン言うわけないでしょう。そやから、松田先生と
   竹山先生の二人から選びなはれ。二人とも、専門は、胃や腸の消化器て
   書いてあるでしょ!
★ほんまほんま、そやけど、迷うなあ。どっちにしようかな。
  何やねん、この下の「先生の声」て?
●そう、前もってどんな声で、どんな事を言いはる先生か、スピーカーで聞けるの!
★ほんまかいな。えっ、松田先生は、何々、東京出身で簡潔明瞭に説明するて
 書いてあるで。 ちょっとクリックしてみよか。カチカチと・・
  
   松田ドクター:「あなたは、胃潰瘍です。えっ、ですから胃ガンではないと何度も
                言ってるじゃないですか!私の診断を疑っているんですか!」あーー、怖。ベテランやそうやけど、ちょっと、やめとこかなあ。
 ほな、真ん中の竹山先生クリックしてみよか。
 大阪弁で懇切丁寧に説明してくれるて書いてあるしな。カチカチと・・
   
 竹山ドクター「山田さん、ビックリせんと聞いとくんなはれや。最初の検査でガンの
       疑いがある言われても、ようよう調べたら違うかったちゅうこともありまっさかい、
   どうか気を落とさんといてくださいね。
   こないだもね。60代のあるおっちゃんが、ガンや言われて・・いやあ、もう
   ワガママでねえ。家族もほとほと困ってた人なんですけどね。ガンやとわかって
   家に帰って、奥さんに両手をついて謝りはったそうですわ。
   「今まで済まなんだなあ。お前には結婚以来35年、苦労の掛けどうしやった。
   ワシはこの先、どれほど生きられるかわからん。どうか今までのことは許してや」
   て、言いはったそうですわ。そしたら奥さんが「あんさん、何言うてますのん。
   ワタシはあんさんの嫁にしてもろて幸せでした。許してやなんて、どうか、手を
   上げておくんなはれ。」て、2人で泣きはったそうですわ。それから3ヶ月の間、
   夫婦で想い出を創ろうと、新婚気分で日本全国を旅行してね、きれいな
   景色をたくさん写真に撮って帰って「ああ、もうこれで思い残すことはない」と
   思うてはったそうです。
    ところがこの間、もういっぺん精密検査しにウチに来はんたんですけど、
   そしたらねえ、何と不思議なこともあるもんですね。山田さん、ガンが無くな
   ってたんですわ。もう家族中大喜び・・いやあ、めでたしめでたし・」えらい長い声のサンプルやなあ。そやけど、ワシこの先生気に入ったわ。

  竹山先生に予約することにしまっさ。
●ほな、お父ちゃん、この写真の下の予約ちゅうとこをクリックするねん。
★ハアハア、こうやな。あ、「予約完了」て出たで。何々。現在の待ち時間は、
  1時間30分。はあはあ、こら便利やがな。今が9時やろ。そやな、10時に
  病院に着いたらええとして、ほな9時50分のバスに乗ったら、ちょうどええな。
●ほな、その前に、朝ご飯食べるか。お父ちゃん。
★いや、胃の検査しまひょちゅうことになったらあかんし、今日は朝飯やめとくわ。
  そや、まだ、ちょっと間があるしな。ワシ、梅川先生の声も聞いてみたいなーー。
  ええか、お母ちゃん。
●勝手にし!
★そない怒らんでも・・梅川先生て、きっとかわいらしい声してはるんやろなあ。
 カチカチと・・  
梅川ドクター「ちょっとあんた、こないになるまでほっといて・・何か?
       今頃になって私に治せと言うんかい!自分の身体は自分で面倒見んかい!
       あほんだらボケカス!」ああ、コワーーー。
●聞くところによるとな、初めの頃は、もっと優しい女らしいセリフやったそうやで。
 けど、人気がありすぎて、男性の患者さんの予約が殺到してなあ。毎日5時間待ちの
 状態が続いたさかい、こら、ちょっと人を減らさなあかんでちゅうことで、こないなセリフに
 なったそうやで。
★はあはあ、そないなわけがあったんかいな。ああ、ビックリしたー。
  そや、ちょっと他の科も見てみいへんか。
●そやな、ほな、次は外科を開けてみよか。
★あ、今度は7人も先生が出てきたで。何々、「外科は、過去の手術の件数と手術の
 後1ヶ月以内に亡くなった人の数が書いてあります」
 って?ひえーー。まあね。外科の先生を顔で選んでもしゃあないしなあ。 そやけど、
 個人情報保護法が出来た言うても、こういうケースは情報公開してもろた方が
 ありがたいわなあ。
 何々、大谷院長先生の実績。過去に1535人手術をし、その内12人が死亡。
●ほんまはもっと多いのに、隠してんのとちゃう?
★そやけど、こっちの先生見てみいな。170人手術して、その内155人死亡て
 書いてあるで。 そやから、ちゃんと正直に書いてるんとちゃうか?
 なかなか良心的な病院やないか!
●あのねえ、ほとんど患者さん死なせてるやんか。こんな先生誰が予約するん?
★そやからやな、段々、この病院におられんようになって、よそに移るんやがな。
●移っていらんて。医師免許を取り上げて欲しいわ。。
★そやけど、こうやっといたら、みんな注意して医療ミスを無くすよう努力しはるがな。
 そしたら、どんどんええ病院になるやないか。これ考えた院長先生て、ワシは
 えらいなあと思うで。
●まあなあ。もし、あんたが外科にかかるとしたら、どの先生選ぶの?
★そやなあ、たとえ、99人成功しても1人でも亡くなってはったら、やっぱりイヤな
 もんやしな。まあワシやったら死亡者数0の先生を選ぶけどなあ。
 あ、いたいた死亡者数0の先生。すごいな。この先生!名医とちゃうか?
 えっ、何々?今年、国家試験に通ったばかりの研修医?手術経験は0?
 こら、あかんわ。
 
受付の女性
 「本日は、ようこそ、ホスピタル・ニュー大谷にお越しくださいまして、誠にありがとう
  ございます。太田様でございますね。ご予約確かに受け賜っております。今日が
  初めての診察と伺っておりますので、こちらの診察券をまずお渡し致します。」
★えっ、もう診察券ができてますの?
受付の女性
 「はい、インターネットにご入力いただきました情報を元に、お客様が来られる
  前にご用意いたしております。」
★それはそれは、手回しのええことで・・
受付の女性「あの、傘とジャケットはクロークにてお預かりさせていただきます。」
★あ、そうでっか、何や天気予報で、午後から雨やて聞きましたので、傘持って
  きましてん。えらい、すんまへんなあ。助かりますわ。
受付の女性
    「こちらが番号札でございます。では、早速ではございますが、
    ウエルカムドリンクの造影剤をお飲みいただけますでしょうか。」
★えっ、造影剤?何ですの、いきなり。
受付の女性
  「ハイ。何度も検査にお越しいただくのはお客様のお時間を奪ってしまいますので、
  竹山先生にご予約いただいた方には、必ず造影剤をお飲みいただき、ただちに
  検査室へとご案内申し上げております。」
★そうだっか?ほなグイグイグイと・・えらい、この造影剤、おいしおまんなあ。
   なんとも言えん、コクのあるまろやかな味と言うか、なめらかな舌触りと言うか、
  抵抗無う飲めますわ。
受付の女性
  「ハイ、これは、フランスの三ッ星レストランで修行を積みましたシェフが、奥の
   調剤室で心を込めて味付けをいたしました、極上の造影剤でございます。」
★極上の造影剤?!何やこれを飲んでるだけで、胃の痛みが治まって
  きたような気がしますわ。
受付の女性
  「まあ、そのようにおっしゃっていただけましたら、光栄でございます。後ほどシェフ
  に申し伝えておきます。それでは、X線撮影がお済みになりましたら、ドアの外
  に、このような車いすがご用意してございますので、これにお乗りの上、行き先
  ボタンをお押しくださいませ。」
★車いすて、ワシはちゃんと歩けますけど・・
受付の女性
  「いえ、当病院はゴルフ場の跡地にございまして敷地が広うございます。内科は、
   あちらの丘の上に建ってございますので、これにお乗りいただかないと迷子に
   なられる方がおられるんです。そこで、このような車イスをご用意させていただい
   ております。ここの内科というボタンを押していただければ、自動的に内科の
   受付までお客様をお運びするよう、プログラムされております。」
★何や、車イス言うても、ゴルフ場のカートみたいな感じでんなあ。
受付の女性「ハイ、皆様そのようにおっしゃられて喜んでくださいます。
      内科までは、そうですね。10分くらいで着くかと思います。」
★えっ、10分もかかりますの?
受付の女性
  「内科までの途中のグリーンでは、入院患者さんたちがゴルフをされていますので、
   まあ見物しながら、ごゆっくりと内科の受付まで行っていただけたらと思います。」
★えっ?入院中にゴルフができまんのん?
受付の女性
  「ハイ、入院中は皆さん、暇を持てあましておられますからねえ。でも仕事一筋の
  方が、ここでゆっくりゴルフをされる内に、すっかり元気になられて帰られるんですよ。
  かと思えば、ゴルフに病みつきになって、わざとあっちが痛いーこっちが痛いー言うて
  なかなか退院されない方もおられるんです。これがほんまの病みつき。」
★そら、気持ちもわかりますわ。
受付の女性
 「中には、こんなんやったら、ここで死にたいー言う希望者の方が増えてきましてねえ。
  山の向こうに葬儀会場を建設中なんですよ。そしたら、入院中のゴルフ仲間の方も
  参列できますでしょ?ですから今、温かい素敵なお葬式ができるように、皆でアイ
    デアを持ち寄って計画してるんです。たとえば、患者さんを担当した看護師さんが、
     『おじいちゃま、こんな楽しい冗談をおっしゃったのですよ』とか、
     『若い頃の奥様との恋の想い出を教えてくださったんですよ』とか、
     『私のお尻を17回も触ったんですよ』とか・・
  患者さんのお人柄がわかるエピソードを、お葬式の時に皆様にご披露するという
     企画などが上がっているんです。それからね、病気になると、どうしても暗くなりま
     すでしょう?でも、そんな中をユーモアを忘れず、他の入院患者さんたちを笑わ
  せてくださった方には、院長先生が「ユーモア名人賞」を贈呈されて、葬儀費用
  はタダになるという特典まで付いているんですよ。
  また、死んだらどうなるんやろとクヨクヨ悩んでおられる患者さんのために、お坊さ
  んが落語家さんのように解説してくださる「楽しく学ぶ『あの世』講座」という高座
  を企画したり、コーラスや陶芸教室などのカルチャーセンターも開いております。
  つまり、生老病死の全てを温かく応援してゆこうという大谷院長の決意の現れ
  なんです。」
★そうでっか?いやあ、ワシも将来はここでお世話になりたいわ。
受付の女性
   「そうでしょ?ですから今希望者が殺到しておりまして、「どうやって人数を
   制限しようか」と会議が開かれたんです。それでね、
    『そうだ、株主制度を取り入れて、出資してくれはった方に優先的に
     入院してもらうことにしよう』
    と決まりまして、今、株主募集中でございます。もちろん、緊急の
    場合は、どなたでも受け付けいたします。」
★なるほどねえ。これからは、お医者はんも、ほんまもんの経営マインドが必要な
  時代になりまっさかいなあ。あっ、予約の時間までもうすぐですわ。
  ほな、そろそろ内科に行かせてもらいまっさ。
受付の女性
  「あ、そうそう、もし、途中でおトイレに行きたい時には、トイレマークのボタンを
  押してくださいませ。そしたら最寄りのお手洗いへと車いすが直行致します。
  大変お急ぎになるという場合でしたら、ここの『トイレ緊急』というボタンを押し
  ていただきましたら、車イスの座席が丸く開いて、そのまま用を足していただけ
  るようになっております。」
★えーーーーっ、そらいたれり尽くせりでんな。ほな行ってきまっさ。
  ああ、ほんまほんま、みんな楽しそうにゴルフしてるわ。
  今日はええお天気ですね。午後から雨やと聞いてたんですけどねえ。
  えっ?今精神を集中してるとこて?えらいすんませんねえ。
       (入院患者さんクラブを振る)
  あーーーーーーっ、ホールインワンやがな。おとうさん、すごいやないですか。
  えっ、何?縁起が悪いって?まだ暗い穴には入りとうない?あのねえ、亡くなった
  後の住処はお墓と違いまっせ。何でも、あの世ちゅうのは、この世のものとは思えない
  きれいな花が咲き乱れるええとこやて、この間、ウチにお参りに来てくれはった
  お坊さんが言うてはりましたけどねえ・・うん?ふんふん。まあ、そら人情やわねえ。
  そしたら、ここでは、ホールは埋めんとあきまへんなあ。
  それか、ホールの中にバネを付けて、ボールが入ってもポンと飛び出してくる
  とかねえ。病院の中にゴルフ場作る時は、いろいろ気い遣わんと、患者さん
  が余計気を病みはるわなあ。
  ああ、こっちでは、女性の方達が、野外でコーラスの練習してはるわ。
コーラス
  「皆さん、今日は、ベートーベンの第9の練習です。まずは音階で歌って
   みましょう。ハイ。ミミファソソファミレドドレミミーレレ、ミミファソソファミレ
   ドドレミレードド、レレミドレーミファミードレミファミーレドレソ、ミーファソ
   ソファミーファレドドレミレードド・・」
★パチパチパチ。いやあ、お上手ですねえ。
コーラス
  「いやあ、お恥ずかしいわ。でも誉めて下さったから、もう一曲お聴かせ
   致しますわ。次は、ドレミの歌で参りましょう。皆さん、ご用意は宜しい
   ですか?ハイ!
     ドーレミードミドミ、レーミファファミレファー、ミーファソーミソミソ
     ファーソララソファラー、ソードレミファソラー、ラーレミファソラスー
     スーミファソラスドー、ドスラーファスーソードー」
★チョチョっと待っとくんなはれ。何ですのん?ドスラーファースーソードって?
コーラス
   「だって、シーと言う発音は、嫌がられる方もおられますでしょ?ですから、
   このサークルでは、代わりにスーと発音しているんです。
   病院のコーラスグループですから、いろいろと気を遣っているんですよ。」
★はあはあ、なるほどねえ。おもしろいねえ。この病院。ああ、向こうの
  遊園地では、子どもたちが楽しそうに遊んでるわ。長いこと入院せん
  ならんお子さんにとっては嬉しいやろねえ。ああ、着いた。着いた。
  受付はここやな。あのお太田ですけど・・
内科受付
  「お待ち申し上げておりました。それでは太田様のお部屋にご案内致し
   ます。こちらへどうぞ。」
★えっ、ワシの部屋て?あっ、扉の上に「歓迎・太田様」やなんて紙が
  貼ってあるで。別に好きで病気になってるわけやないし、病院には、
  そないに歓迎してもらわんでもええねんけどなあ。
内科受付
  「太田様、当病院では、お客様にお部屋でお待ちいただき、医師が
   診察に出向くというシステムになっておりますので、間もなく医師と
   看護師が到着すると思います。」
竹山ドクター(息を切らして)
  「ああ、太田さん、三分もお待たせしてしまって、すんませんねえ。
    私が内科担当の竹山です。」
★ああ、竹山先生でっか。わざわざ、来てもろうて、すんませんねえ。
  いや!竹山先生。写真で見るより男前ですやん。
竹山ドクター
  「いやあ、皆さん、そう言うてくれはります。ところで、今日はどないしはり
   ましたん。最初に造影剤飲んでもろて検査した分には、特にこれと
   言って問題ないようなんですけどねえ・・」
★あ、そうですか。そら良かったですわ。お陰さんで、何や、さいぜん、
  おいしい造影剤飲んで、痛みはスッカリ楽になったんですわ。
竹山ドクター
   「あ、そうでしょう?痛み止めの薬入れてありますから・・」
★えっ、そんなん、顔も見ん内から、薬を処方しはるんですか!
竹山ドクター
  「太田さん、インターネットで予約した時に、コメントの欄に『胃が痛い』
   て書いてはりましたでしょ!
   そやから、造影剤に胃薬と痛み止めを入れておきましてん!」
★ひええーー。何と手回しのええことで・・
竹山ドクター
  「当病院は、お客様のお時間を奪うのを極力避けるよう、企業努力
   しておりますので、そのくらい当然です。それから、検査や治療方針は、
   お客様の方でサービスをお選びいただくシステムを取っております。
   それでは、最初に聴診器を当てさせていただきますが、つきましては、
   肌に当たった時、お客様がヒヤッと感じられないよう、看護師さんの
   胸で聴診器を暖めるというサービスをしております。ハイ、これがウチの
   看護師さんたちの写真です。この中からお好きな人をお選びください。」
★お選び下さいて・・あの何ですか?看護婦さんの胸で暖めていただいた
  聴診器を、えっ、ワシの胸に当ててくれはるんですか?いや、どないしょう。
  そんなんしたら心臓のドキドキが早うなって「ハイ、あなたは不整脈です」
  とか言われまへんやろねえ。ついでに血圧測ったら、最高が200超えて
  「ハイ、あなたは高血圧です」て診断されるんとちゃいまっか?
竹山ドクター「もし、お嫌なら、そのまま当てますけど・・」
★いややややや、お嫌やなんて・・ちょと待ってくださいね。
  すぐに選びまっさかい。35.5・・36.7・・何ですか?顔写真の下に
  書いてあるこの数字。バストサイズにしては小さいような・・
竹山ドクター
  「何いうてはりますのん?太田さん。看護師さんの体温ですがな。
  自分の体温と比べて高めがええとか、低めがええとか選べるんですわ。」
★はあはあ、顔で選ぶんやのうてね。体温でね。なるほど、あのおー、
  ここに39.9 て書いてある方いてはりますけど・・
竹山ドクター「ああ、今インフルエンザで、熱出してるの。」
★インフルエンザて、そんなん病院で仕事しててええんですかいな。
竹山ドクター
  「お客様にも、40度近い熱の方がおられますから、36度代の
  看護師さんでは、ヒヤッと感じはりますでしょ。
  そやから、スタンバイしてもろてます。」
★何も、熱でふーふー言いながらスタンバイしてもらわんでも、そこの
  ストーブで暖めたらええんとちゃいますのん?
竹山ドクター
  「いえ、あくまでも当病院は『人肌のぬくもりを大切に』をモットーと
   しておりますから。」
★「人肌のぬくもりを大切に」?「人のぬくもりを大切に」ちゅうのは
  聞いたことありますけどねえ・・まあ、ええですわ。今日は風邪
  気味でちょっと微熱がありまっさかい、この36.8度の看護婦
  さんでお願いしまっさ。
竹山ドクター
   「ああ、藤原君、ご指名がきましたで。ちょっと来てくれる?
    ハイ、ボタンはずして・・ああ、ちょうどええ具合に
    暖まりましたわ。」
★ああ、ほんまほんま、ヒヤッと言う感じしまへんわ。
竹山ドクター
   「そうでしょう?皆さん喜んでくれてはります。うーん、そうですね。
    まあ、特に心臓は問題ありません。肺の音も大丈夫です。
    けど、ちょっと風邪気味とお聞きしましたので、点滴されますか?」
★そうでんなあ。ほなお願いします。
竹山ドクター「そしたら、藤原クン、説明してあげて。」
看護師
  「では点滴は、特急コース、準急コース、普通コースの3つの
   コースからお選びいただきます。」
★何でんねん、その特急、準急、普通ちゅうのは。
看護師
  「ハイ、すぐに会社に戻らないといけない方のために5分で終わる
   特急コース。」
★そんなん、気分悪なりまっせ。
看護師
  「では、15分で終わる準急コースと、1時間かけてゆっくり点滴される
   方のための普通コースの、どちらになさいますか?」
★まあ、ワシは今日は会社休んで来ましたよって、普通コースで
  お願いしまっさ。
看護師
  「普通コースと申しましても、当病院では最高のサービスが受け
   られるコースでございます。まず、マッサージ機であんましながら
   点滴をしていただきます。オプションで足裏マッサージもございます。
   それから、ルームサービスのドリンクもございまして、いろいろな健康
   飲料をご用意させていただいております。
   こちらがメニューでございます。緑茶に昆布茶、ハトムギ茶にドクダミ茶、
   それから牛乳に豆乳に母乳、何が宜しいですか?」
★えっ、ぼ、母乳て、あのお母さんのおっぱいから出る?
看護師
  「ハイ、赤ちゃんをお連れの御母様もおられますので、点滴中は、当病院より
   乳母を派遣し、代わりに赤ちゃんのお世話をさせていただいております。
   ほ乳瓶の乳首はイヤという赤ちゃんもおられますので・・」
★ハアハア、赤ちゃん用でっかいな?ああ、びっくりしたあ。
 大人はあきまへんの?あ、やっぱりあきまへんか?
 ほな、最初から言いなはんなって。そうでんなあ、
 ワシは、ハトムギ茶でお願いしまっさ。
看護師「承知いたしました。それでは、ここにおかけくださいませ。」
★えっ、ここに座って?電源入れるんですな。・・ああ、ええ具合、ええ具合。
  あれ、もう一台マッサージ機がありまんなあ。
看護師
  「もし、付き添いの方がおられましたら、お待ちの間に、ご利用いただけるよう、
   もう一台ご用意させていただいております。介護する方も肩が凝ります
   からねえ。ですから、こちらは無料サービスですよ。」
★そら親切やねえ。あれ、あっちには、子どもの滑り台やおもちゃまで
  ありまんなあ。
看護師
  「ハイ、子育て中の御母様も気軽に診察を受けていただけるよう、
   ご用意致しております。」
★若いお母さんは、子ども預けるとこがない言うて、風邪引いても病院に
   行きはれへんもんねえ。
看護師「あ、それからこちらがテレビのリモコンでございます。」
★テレビも見られるんでっか?
看護師
  「いえ、普通の番組は映りません。点滴タイムを心の癒しタイムとする
   ために、チャンネルはこの三つからお選びいただきます。
   まず、チャンネル1が音楽療法の番組でございます。チャンネル2が、
   今話題の笑い療法の番組。漫才に落語が放映されております。
   チャンネル3は、これはテレビ電話になっておりまして、専門のカウンセラーと
   話が出来るようになっております。何かお悩みがございましたら、
   ご遠慮無くご利用くださいませ。」
★へえ、カウンセラーの人としゃべれまんのん?あのお、すんません。この
  4番目に「秘密のチャンネル」て書いてあるの何でっか?もしかして、
  わたいらの喜びそうな番組でっしゃろか?ウフ
看護師
   「いえ、これは、お葬式のご様子を見られるチャンネルでございます。」
★えっ、お葬式て・・あのお葬式ですか?
看護師
  「ハイ、あのお葬式でございます。最近では、葬儀サービスも多様化の
   時代でございます。亡くなられてから、あわてて選んでシマッター!という
   ケースも多うございますので、生きておられる間に、各葬儀社さまの
   ご葬儀のご様子や価格、アフターサービスなどを比較検討いただける
   番組となっております。
   それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ。」

         
受付の女性
    「太田様、初めてのホスピタル・ニュー大谷はいかがで
     ございましたか?」
★いやあ、マッサージ機であんまもしてもらいましたし、お笑い番組見て、
 久しぶりに腹抱えて笑いましたよって、ついでに肩こりも取れましたわ。
 おおきにおおきに。
受付の女性
   「それは、ようございました。それでは、これがお預かりしておりました傘と
    ジャケットでございます。傘の方は、整形外科の方に回しまして、
    カイロプラクティックの専門の先生に、骨のゆがみを直していただきました。」
★えっ、骨のゆがみて、あの一本、ちょこっといがんでたとこですか?えっ、
 修理して、あ、ちゃうわ、治療してもろたんですか!整形外科で!
 いやお恥ずかしい。病院行く時はね、忘れたらあかんさかいに、
 いっつも無くしてもええような傘を持っていくんですわ。
受付の女性
   「それから、ジャケットの方は、若干汚れとほつれがございましたので、
    外科にて縫合手術を行った後、地下のリネン室に回しまして、
    クリーニングさせていただきました。」
★えーーーーー、そこまでしてもろたら・・いやあ、そしたら、傘の治療代と
  ジャケットの手術代にクリーニング代、払わんとあかんのとちゃいますのん?
受付の女性
   「いえ、これは当病院のサービスでございますので料金は結構でございます。」
★そうでっか、えらいすんまへんなあ。ほな、おおきに、さいならーー。何や。
 今日は得した気分やなあ。思った以上のサービスやったわ。最近、嫁はん
 にもあないに丁寧に扱われたことなかったもんなあ。ほんまにねえ。こないな
 病院が近くに出来て、幸せやねえ。(傘に向かって)なあ、お前まで治療して
 もろて・・良かったなあ。あ、そや、今度来る時は、壊れた傘、全部
 持ってきたろ。あ、やっぱり雨が降ってきたわ。今日は天気予報が当たった
 なあ。傘持ってきて良かった!あれ、あれれ、おかしいなあ。傘が開けへんで。
 あっ、ザザブリになってきたで。ちょちょ、ちょっと待ってえな。
 骨のいがみが 治っても、傘が開かんではどんならんがな。
 ほんまにちゃんと直してくれたんかいな。
 あっ!あーーーーーーーー、こら開かんはずや。
 傘の骨が、ギブスで固定されてるわ! 
                                                お粗末でございました。


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