まいど、市役所でっせ
<登場人物>★小泉課長、西川係長、市民の皆さん
市長:
ということで、「地方文化保護条例」の成立を受け、「大阪弁」が当市役所の日常
業務における公用語となってから、3ヶ月が立ちました。職員の皆さん、大阪弁は
うまく使いこなせていますか?来られた市民の皆様に、柔らかい温かい大阪弁で
ポカポカした気持ちになっていただくために、がんばってくださいね。
 また、同時に始まりました「役所業務サービス向上条例」。当市役所でも、
いろいろ模索中ではありますが、1階ロビーに、常時、上方落語が聞ける市民寄席
を設けましたのは、その一貫でございます。こちらの方は、大変喜んでいただいて
おるようですね。何分、お役所仕事は、愛想が悪いやら、サービス精神がないやらと
評判が悪うございます。これらの市民の皆様の声を深く受け止め、業務内容の
改善に、これからも努力精進してくださいね。
 サービス向上のために、先月、あの有名なホテルから、カリスマホテルマンの方を
お招きして、職員の皆さんには勉強していただきましたね。覚えてらっしゃいますか?
窓口では「いらっしゃいませ」を大阪弁で表現した「おいでやす」を使うんでしたね。
それから、市民の皆様には、お名前がわかった時点で、「何々様」とお呼びするように、
くれぐれも徹底してくださいよ。そんなひとつひとつの心がけが、市民の皆様に
「自分は大切に扱われている」という満足感を持っていただくことになるんです。
  また「そんな事は出来ません。」とはねつける前に、「今の自分の出来る範囲で、
市民の皆様に喜んでいただける事はないか?」このような視点で常々考えて
いただきますよう・・マニュアルに載っていない究極のサービスを考えるのが、
これからの皆さんのお仕事ですからね。あ、そうそう、今月より職員の皆さんの中で、
大阪弁で話す努力を怠っている人は、毎月のお給料から3万円引かれることに
なりました。ですから、東京出身の職員の方、気を付けてくださいよ。

            
★:ちょっと聞いたか?西川君。
西川:何ですのん?小泉課長。
★:あれは、ボクへの当てつけとしか思えないね。
西川:あれって、何でんねん?
★:今の市長の言葉だよ。「東京出身の職員の方、気を付けてくださいよ。」と
        言ったじゃないか!
西川:はあはあ、小泉課長は、江戸っ子でしたなあ。確か、大学に入った時に、
        初めて関西に来はったんでしょ?そういえば、大阪にもう30年近う住んで
        るのに、いまだに大阪弁があきまへんなあ。
★:ボクはボクなりに、がんばっているんだよ。昨日、広報誌担当の係長が、
   ウチの住民情報課にやってきてね。
  「課長、これからは、市の広報誌のタイトルを『まいど、市役所でっせ』に
    変えましたよって、広報誌に載せる文章も全部大阪弁でお願いしまっさ〜」
  と言ったかと思ったら、サーーっと帰ってしまってね。昨日は、ああでもない、
  こうでもないと遅くまで残業したよ。
  ちょっと、この文章チェックしてくれないか?
西川:ええ、何でっか?「市民の皆さん、まいど、もうかりまっか?まあ、ぼちぼち
   でんなと言わんと、ワシラの言うことを聞かへんとでも言うんかい。」
   何ですのん?この文章?
★:やっぱり、おかしかったか?
西川:おかしかったも何も・・「もうかりまっか?ぼちぼちでんな。」なんて、
    私らでも日常生活で使いまへんで。
★:しかもだなあ、ウチの課のワープロで「ぼちぼちでんな」と入力すると、
  「墓地墓地でんな。」と出てきて、余計気が滅入ったよ。
西川:それに「聞かへんとでも言うんかい」て、任侠映画と違いまっせ。こういう
   場合は「聞いとくんなはれ」とか、「聞いてもらえまっか?」とか、普通は
   言いまへんか?
★「言いまへんか?」と聞かれても、わからないものはわからないよ。
 もうボクは市役所を辞めたい。
西川:まあ、そない言わんと。そや、課長。「地方文化保護条例」が出来てから、
    この近所に7件も「大阪弁集中講座」が出きたん、知ってはりまっか?
    課長、いっぺん、そういうところで勉強しはったら宜しいねん。
★:「大阪弁集中講座」?そんなのが出来てたのかい?
西川:この前、業務連絡の回覧板の中に、パンフレットが挟まってた
     やないですか?
★:そうかなあ?見落としてたのかな?
西川:ちょっと待っとくんなはれや。取ってきまっさかい。あっ、これですわ。
★:何々?「1ヶ月でマスター出来る大阪弁集中講座」講師は、上方落語
   協会より選りすぐりの落語家を派遣?授業料は、1ヶ月3000円。
   なかなか安いじゃないか。
西川:どうです?月曜から金曜までは、毎日7時から授業がありまっさかい、
    いっぺん、のぞいて来はったら宜しいねん。
★:そうだなあ。そしたら、今日から早速行ってみようかな?

    
★:西川君、ちょっとちょっと・・・
西川:何ですのん?課長。
★:先週、体験コースでのぞいてきたんだよ。大阪弁集中講座。
西川:はあはあ、あの上方落語協会が主催するやつでっか?
    で、どうでした?
★:これが、先週勉強した内容だ。これを家で覚えてこいと言われたん
    だけどね・・
西川:何でっか?これが宿題?何々?1番・・店の中をくまなく見て廻るが、
   決して買おうとはしない客のことを「夏の蛤」と言う。その心は
   「見くさって買いくさらん(身腐って、貝腐らん)」はあはあ、これは有名な
   言い回しですわ。その昔、大阪の商人は、こういう言葉の遊びをしながら
   商いをしてはったもんなあ。
   2番・・「あんさんの話は、ウサギの逆立ちや」と言う場合、「あんたの話は
   耳が痛い」ということを表す。ハハー、おもろい表現やねえ。
   3番は?「あとのケンカを先にする」これは、後々文句が出てトラブルにならん
   よう先に説明しておくちゅうことでっしゃろ?えらい古い船場の言葉ですやん。
★:で、次の文章を暗唱してこいと言われているんだけど・・
西川:「裏のご隠居はんは、かんしょ病みで、けんげしゃやさかい、でぼちんに蚊が
    止まっただけでも、傷薬付けて寝込んでしまいはりまっせ。そやから言葉には
    気い付けなはれや。かと思たら、隣のやもめは、せんど、どついても音のせん
    やっちゃ。何言うてもだんない だんない」
    えっ、これを覚えて、空で言えるようにしてくるて?何や、明日からの市役所
    業務に使えそうなもんが、あらしまへんがな。まあ、最近不祥事続きで
    「ウサギの逆立ち」は身に染みる言葉ですけどねえ。そやけど、ここは、
    「大阪弁集中講座」というよりも「落語家養成講座」みたいな感じでんなあ。
(注)かんしょ病み=神経質、けんげしゃ=縁起かつぎ、でぼちん=おでこ、せんど=何度、
        どついても音のせんやつ=何を言っても応えない人、だんない=かまわない
★:そうだろう?それで、そのすぐ裏のビルに、どこが経営するのか良く
  わからないんだが、別の「大阪弁集中講座」があると聞いて、今週はそっちに
  行ってきたんだけどね、これが出された宿題なんだ。必ず覚えてくるようにと
  言われているんだよ。先生が、目つきの鋭い人でね、生徒がちょっとでも
  間違ったら「いてもたろか」と大声でどなるんだよ。怖いから、覚えて
  いかないとねえ。
西川:あのねえ、課長、そこってもしかして?
    ちょ、ちょっと今日の宿題ちゅうのを教えてもらえまっか?
★:まず1番目は、先生お得意のフレーズ「いてもたろか?」
西川:市民の皆さん相手に、言う言葉とちゃいますやん。
★:2番目は「ぼこぼこに、どついたろか?」
西川:そやから、市民の皆さん相手にケンカしたらあきまへんて・・
★:3番目は「メッチャ好きやねん。ワシのオンナになれへんか?」
西川:もう、市民の皆さんを口説いてどないしまんのん?
★:4番目は・・・
西川:もう、ええですわ。何ちゅう言葉を教えまんねん。こんなんが大阪弁や
   思うてもろたら迷惑ですわ。すぐに辞めなはれ、課長。ほんまにもう、
   どこもかしこもかゆいところに手が届かんというか、すぐに明日から使える
   言葉を教えてくれまへんなあ。
   よっしゃ、わかりました。ほな、私が今日から毎日、課長を特訓しまっ
   さかい、早う大阪弁をマスターしておくんなはれや。
★:えっ、西川君、それは本当か?で、授業料は?
西川:そんなん、いりまへん。
★:いやあ、それでは、申し訳ないなあ。そうだ。西川君、今晩、暇か?
西川:いや、今日は彼女とデートでんねん。
★:そうか、それは残念だなあ。カニ道楽で、夕飯一緒にどうかと
   思ったんだけどなあ。
西川:ちょちょ、ちょっと待っとくんなはれや。課長。
    ピポパポピポパ・・トウルルトウルル、出た出た。あ、じゅん子か。
    ごめんな。ちょっと、今日は残業やねん。又の日にしてくれるか?
    うーーん、10時くらいまでかかるで。そうか、悪いな。ほな、また来週な。
★:お前の彼女は、カニに負けるのか!
西川:いやあ、カニやなんて、もう何年も食べてまへんからなあ。
★:そしたら、今晩頼むわ。大阪弁の授業。6時にカニ道楽の中で
   待ってるからね・・
西川:あきまへんなあ。課長。
★:どうして、だめなんだ。さっきはカニと聞いただけで、デートも
    キャンセルしておいて・・
西川:ちゃいまんがな。大阪弁をマスターしよう思うたら、まず大阪人の
   精神を学ばんとあきまへんねん。「ほな、丸ビルの角で待ってるわ」とか
   「通天閣のてっぺんで待ってるわ」とか言うくらいの洒落っ気がおまへんか。
★:洒落っ気ねえ。
西川:まあ、ぼちぼち伝授してゆきまっさかい、
     ほな、6時にカニ道楽の中で・・

           
★:あ、西川君、こっちこっち。すまんなあ。まあ、掛けてくれたまえ。
西川:あっ、課長。遅れてすんまへんなあ。
★:ボクもついさっき来たばかりだ。お銚子もう一本ね。まあまあ、
  先に一杯飲んで・・
西川:いやあ、すんまへんねえ。
★:ほんとにねえ、大阪弁は、「○○でっせ」に「○○まっせ」。
  「○○しまひょ」に「○○でんがな」とか語尾がややこしいだろう。
  もう頭がこんがらがってくるんだよ。
西川:課長ねえ、大阪弁は文法とちゃいます。
   心でんねん。ハートでんねん。
   相手を傷付けないよう思いやりを中に込めているのが、大阪弁の神髄で
   おます。たとえば、「だめだよ」とか「あきまへん」と言い切ると冷とう感じ
   まっしゃろ?そやから、わざわざ「あきまへんなあ」と「なあ」と追加して、
   申しわけないなあと言う気持ちを込めるんですわ。市民の皆様に
   「こんなサービスできますか?」と聞かれて「できまへん」とか「あきまへん」
   とか言うたらあきまへん。もし断る場合でも、「さー、どうでっしゃろなあ?
   出来へんのとちゃうかなあ?いやあ、すんまへんねえ」とフルフレーズで
   言えたら、ほんまの大阪人。ちょっと言うてみてくれまへんか?
★「ああ、どうでっしゃろな?出来へんのとちゃうかな?
    いやあ、すんまへんねえ」
西川:ほとんど、棒読みやないですか。まあ、ええですわ。
   イントネーションは追い追いに直してゆくことにして・・
   それからねえ、覚えて置いて損しないのが「○○してもろうてまんねん」と
   「○○なはれや」という表現ですわ。知ってまっか?東京のホタルは4秒に
   1回光るのに、大阪のホタルは2秒に1回光るんでっせ。
   何でか知ってまっか?
   大阪人はイラチやから、ホタルもニーズに合わせて早う点滅しまんねん。
   横断歩道が青く変わる前に渡り出すような、せっかちな大阪人が私らの
   お客さんや。ホタルでさえニーズに応えているのに、職員がモタモタ仕事
   してたら、余計評判が悪うなる。そんな大阪人の気持ちを汲んで、書類
   作成に時間がかかりそうな時は、「この書類は出来上がるまでに、皆さんに
   15分ほど待ってもろうてまんねん。えらいすんまへんなあ。」と必ず言うて
   ください。「15分お待ちください」より心がこもってまっしゃろ?
    それから「また来とくんなはれや」とか「ここに住所と名前を書いて
   おくんなはれや」という表現も、必須のフレーズですわ。
   「なはれや」ちゅうのは、「なされや」の変化したもので、「なさいませよ」
   という相手への敬意を込めた表現でんねん。お客様への礼節を
   表す言葉でっさかいに、是非マスターしておくんなはれや。
★:「待ってもろうてまんねん」と、「なはれや」・・・ね。
    よし、手帳にメモして置こう。
西川:それから、よう「そろそろお昼にしまひょ」とか言いまっしゃろ?「なされ」
    が「なはれ」に、「しましょ」が「しまひょ」と言う具合に、サシスセソの
    サ行が、ハヒフヘホのハ行に変化するんですわ。
★:そしたら、西川君、よく「課長、その仕事は私がしまっさかい・・」
    って言うだろ?「しまっさかい」の「さかい」は、「しまっはかい」には
    ならないのか?
西川:いやあ、「さかい」は「さかい」のまんまでんなあ。
★:それは又、どういうわけで?
西川:どういうわけて・・そらねえ、大阪には、堺がありまっサカイ・・
★:しょうもない洒落言うんじゃないよ。そんな・・統一が取れていないの
   では大阪弁を覚えられないよ。
西川:そやけど、堺は大事でっせ。「ものの始まり、何でも堺」ちゅう言葉
   があるくらい、仁徳天皇の頃から、商いや文化の中心地でんがな。
★:ほらまた、「でんがな」とか、変な語尾が付く・・
西川:そやから最前も言いましたでしょ。大阪弁は文法とちゃいます。
    心でんねん。ハートでんねん。相手に気分良う感じてもらおう
    思うたら、自然と身に付いてきますて・・
★:ふーん、ハートねえ。大阪弁は「人に優しい」と言いたいんだな・・
  ああ、お姉さん、カニの押し寿司を箱に詰めて持ってきてくれないか。
西川:課長、すんませんねえ。えらい気を遣わせてしもて・・
★:あっ、あれは、ウチの奥さんへのおみやげ・・遅くなったら怖いからね。
    「お父ちゃん、遅うまで、どこ、ほっつき歩いてたん」って怒られるんだよ。
  日曜日の朝も「いつまで寝てんねん。早う起きんかいな!」ってたたき
  起こされるしなあ。
  学生時代に、知り合ったんだけど、家内は大阪の人間だから、家では
  大阪弁だ。毎日、こういう調子で怒られてるから、大阪弁にアレルギーが
  あったんだけど、君の話を聞いていると、まったりしたいい言葉じゃないか?
西川:そうでっせ。課長。ほんまもんの大阪弁を覚えとくんなはれや。

         
西川:どうです。課長、もう大分慣れてきはりましたか?大阪弁の方は・・
★:まあ、ちょっとずつだけどね・・あっ、西川君、お客さんが来はったで。
  「ちょっと応対に出てもらえるか?」
西川:課長は「ちょっと応対に出てもらえるか?」ちゅうのだけはイントネーション
   もばっちり言えるようになりはりましたなあ。そやけど、いつまでも奥に引っ
   込んでたら上達しまへんで。積極的にお客さんと話さんと・・
   ほら、行った行った・・
★:ちょっと押すなよ。今回だけ、な、西川君、ちょっとお手本を見せてえな。
西川:もうほんまに・・今回だけですよ。ええ加減に覚えてくださいね。
田中夫:すみません。婚姻届を出しにきました。(手渡す)
西川:当市役所においでやす。ハイ、田中様でございますね。
   えーーっ、確かあの天神橋筋商店街で寿司屋をやってる田中はんやない
   ですか?時々、店に寄せてもろてる西川です。いやあ、まいどまいど。えっ、
   結婚しはったんでっか?そら、おめでとうございます。
   奥様のお名前が美智子さま。ええお名前ですやん。
   今日から田中美智子さまでいらっしゃいますね。
田中妻:田中美智子様やなんて、恥ずかしいわあ。何やまだちょっと慣れない
     気分やけど、呼ばれたら嬉しいもんやわ。
西川:ところで、新婚旅行はどちらへ行きはったんでっか?
田中夫:僕らは、タヒチのボラボラ島へ行ってきたんですわ。
西川:ああ、タヒチでっか?うーん、残念!
田中夫:何が残念ですのん?
西川:実は、姉妹都市の提携を結んでいるところに行かれたのでしたら、
    旅行代金の3割が戻って来るという還付金制度があったんですわ。
    タヒチは姉妹都市と違うんです。
田中夫:そんなん全然知りまへんでしたわ。
西川:あの「まいど、市役所でっせ」ちゅう広報誌に書いてたんですけどねえ・・
    まあ、そないにガッカリせんといておくんなはれ。これねえ、大阪天満宮で
    ご祈願させてもろた、各種手続きの書類セットなんですけど、これを
    新婚さんにはプレゼントしてまっさかいに・・
田中夫:何ですのん?書類セットて?
西川:まず、こちらが、お子さんが生まれた時の出生届けです。粗末にせんよう、
   大事に持っといておくんなはれ。あっと言う間に赤ちゃんが出来まっさかい。
   縁起のええ出生届なんですわ。えっ、もう出来てる?ほな、安産のお守りに
   持っといておくんなはれや。無事お生まれになって、出生届けを出しに来ら
   れた暁には、これまた合格祈願をさせてもろた絵馬をプレゼントしております。
   最近は、幼稚園からお受験言うて大変でっさかいなあ。それから離婚届け
   は入れてまへんけど、代わりに夫婦和合・家庭円満のお守りを入れさせて
   もろてます。実はこれがですね。気悪うせんといておくんなはれや。これは
   誰もがいずれは必要な死亡届けちゅうもんです。ゲンが悪いてなこと言わんと
   こちらも健康長寿のご祈願をしておりますので、どうぞ、お仏壇かタンスの中に
   でも、しもといておくんなはれ。ほな、末永く当市役所をご愛顧くださいませ。
   また、いつでも来とくんなはれや。
★:はあはあ、なるほど、このようにすればええんか?
  「おいでやす」と「まいどまいど」・・新婚旅行先を聞いて、最後に祈願済みの
  書類セットを渡せばええんやな。
山田夫:すみません。ボクたち、婚姻届を出しにきました。
西川:今度は課長の番でっせ。
★:わかってるよ。あーー、おいでやす。
  ハイハイ、(書類に目を等して)山田様でいらっしゃいますね。
  ああ、まいどまいど。山田太郎様と花子様?いやあ、お似合いの名前
  ですやん。あっ、奥様の本籍は東京でらっしゃいますか?
山田夫:そうでんねん。知り合いに紹介されて、ボクたち見合い結婚ですわ。
★:きれいな奥さんですやん。うらやましいわ。やっぱり「メッチャ好きやねん」
  とか言うてプロポーズしはったんでっか?
山田夫:いやあ、こいつは、東京生まれやさかいに「あなたを妻にしたい」
  って格好付けて言いましてん。
★:「あなたを妻にしたい」やなんて、今時なかなか言えまへんで。
その妻:あなた、ちょっと(夫の袖を引っ張る)
山田夫:何やねん。花子。
その妻:あの係りの人、「まいどまいど」って言ってたけど、あなた本当に
     初めての結婚なの?
山田夫:何言うてんねん?当たり前やんか?
その妻:ほんとかしら?ウソ言ってらっしゃるんじゃないの?
    ちょっと婚姻届けを出すの待ってくださる?
山田夫:ちょっと待ってえな。何を言い出すねん? 
その妻:だって、父が言ってましたもの。「ちょっとでも怪しいと思う節があったら、
    いつでも帰ってておいで」って。
山田夫:怪しいて、ボク、まだ何も怪しいことしてへんやん。「まいど」言うのは
     大阪では挨拶代わりに使うねんて。
その妻:ふーん、そうかしら?そんな誤解を生むような言葉を使うところに
    私住みたくないわ。ちょっと東京に帰って考えさせてもらいますから・・
山田夫:ちょちょ、ちょっと待ってえな。
★:西川君、お客さん、帰ってしまいはったで。
西川:帰ってしまいはったでちゃいますやん。そんな時は、山田さんの
   戸籍謄本を打ち出して奥さんに見せんとあきまへんがな。
   究極のサービスから、ほど遠いやないですか!
★:ああ、そうだったなあ。
西川:ああ、そうだったなあ、ちゃいますて。今度はちゃんとやってくださいよ。

   
アメリカ人:あのお、すみません。
     (日本に来て間もないカタコトの日本語をしゃべる人のイメージで)
★:今度はアメリカ人やがな。日本語いけそうやな。ああ、良かった。はいはい、
   大阪へ、おいでやす。 
アメリカ人:すみません。外国人登録をお願いします。
★:ああ、外国人登録でっかいな?
アメリカ人:デッカイナ?私の身長180センチメートルね。アメリカ人では普通よ。
★:いや、別に身長と体重まで書かいでも宜しいねん。
   この書類に住所と名前を書いとくんなはれ。
アメリカ人:トクンナハレ?トクンって何でしょう?私初めて聞きました。
   それに、ナハレって何でしょう?ああ、もしかしたら、この書類に
   「名前を貼れ」を言うことかも知れません。それでは、この名刺を
   ここに貼りましょう。ペタッと・・・はい、これで宜しいですか?
★:ボクも市役所に勤めて25年になるけど、名刺を書類に貼って出した
    人は初めてやわ。しゃあないなあ。昔やったら、もう一変書き直してください
    って言うところだけど、究極のサービスを目指さないといけないし・・自分で
    書き直すことにしよう。すんませんねえ。ちょっと15分ほどかかりまっさかい、
    皆さんにはそこのイスに腰掛けて、待ってもろうてまんねん。
アメリカ人:待ってもらって万年?そんなにかかるのですか?もう少し
    早くできませんか?
★:えっ、早くって、15分ではあきまへん?
アメリカ人:アキマヘン?何が変なんですか?私さっきから頭が混乱しそうです。
      ちょっとーー、誰か日本語をしゃべる人、おられませんかーー? 
★:ちょちょっと、西川君。
西川:何ですのん?課長
★:日本語をしゃべる人いませんかって叫んで、向こうに行ってしまったよ・・・
西川:あのねえ、いくら給料から3万円引かれるいうても、外国人相手に
   大阪弁でしゃべったらあきまへんやん。あくまでも、相手の方の立場に
   たって業務をせんと・・・ほんまにマニュアル通りの発想でんなあ。
★:もう、ボクは市役所を辞めたい。
西川:ほんまに、またそないな弱音を吐くんやから・・ほらほら、次の方が
    来はりましたで。課長、絶対名誉挽回しとくんなはれや。
    横で応援してまっさかい・・
   

   
ある夫:すみません。離婚届を出しにきました。
★:えっ、今度は離婚届けやで。今度こそ絶対「まいど」言うたらあかんわ。
  でも婚姻届もマスター出来てへんのになあ・・ハイハイ、えっ?小泉様で
  いらっしゃいますか?ボクと同じ名字やがな。えらいこっちゃ。小泉又三郎
  様と小泉みりん様でいらっしゃいますね。えっ、小泉みりん?・・・・・
     (しばし絶句)
  どうして・・よりによって、この名前の女性が・・ああ、決して忘れては
  ならないのに、いや、忘れてなんかいるものか・・みりん・・・
  あっ、どうしよう。でも、ここで、動揺したらいけない。えー、小泉又三郎
  様と小泉みりん様。本日は離婚届けを・・
その妻:おっちゃん。ちょっと、もうその名前で呼ばんとってくれへん?
    チョーーむかつくねん!
★:お、おっちゃんて・・まあねえ、19才の女性から見たら、51才のボクはおっちゃ
  んかも知れないけどね・・でも、ここでマニュアル通りに、離婚届けを受け取って
  いいんだろうか?さっき西川君にも「マニュアル通りの発想しかできへん」て叱
  られたしなあ。それに、ここでそのまま受け取って、ボクの良心は自分自身を
  許せるのだろうか?三ヶ月前なら、何にも言わず事務処理に回せば良かった
  んだ。と言っても、「人には言えないご苦労もあったんやろ。」と、別れたご夫婦
  それぞれの、これからの幸せを祈りながら受け取ってたよ。でも、小さい子ども
  さんも一緒に来てはるじゃないか。ああ、何も知らんと無邪気に走ってるわ。
  それに、同じ小泉じゃないか。究極のサービスじゃないか。
  「受け取るべきか?返すべきか?」それが問題だ。
その妻:ちょっと、おっちゃん。何をゴチャゴチャ言うてんのん?早うしてえな。
★:これは・・・こ、これは、受け取れません!
その妻:何でやのん?おっちゃんがそないなこと言う権利ないねんで。
★:ほな聞きますが、何で離婚しはりますのん?納得の行く答えをもろたら、
  これを事務処理に回します。
その妻:何で理由なんか言わんとあかんのん?
★:言わなかったら、絶対に受け取れません!
  ご主人のお気持ちはどうなんです?
ある夫:そら、コイツが思い直してくれたら、やり直したいけど・・
★:ほら、ご主人はこう言うてはるやないですか!
その妻:何未練がましいこと言うてんのん?あのなあ。ほな言うけど、
   この人よりもチョーーーー優しい人に出会ったさかいに別かれるねん・・
★:あのねえ、チョーかバッタかカブトムシか知りまへんけどね。
   そないな理由で簡単に離婚してええんですか!
その妻:あのなあ、おっさん。
★:今度はおっさんかいな。
その妻:何で、あんたが私の決めたことに、そこまで干渉せんとあかんねん。
    理由を言うて!
★:・・・・・・・・・
その妻:何で黙ってるん?早う言いんかいな。
★:それは・・それは・・
   あんたが、ボクの死んだ妹と同じ名前だからだーーーーー!
その妻:えっーー?
                    (BGM挿入)
★:ボクの妹は、7才の時に車にはねられて死んでしまったんだ。それも、
  ボクが親に「犬飼え、犬飼え」とさんざん頼んでやっと飼ってもらって・・・
  一緒に散歩に出た時だった。元気のいい犬だったから、10才のボクでは、
  まだ力が足りなかったんだろう。ぐーーと引っ張られた途端に、綱が手から
  離れてしまってねえ。公園の横の道路に向かって走り出したんだよ。
  ボクは、綱を離した時に、こけてしまってねえ・・それで、妹が一生懸命
  犬を追いかけて、道路に出た途端に・・・そこに車が来ていたんだよ・・
  妹はねえ。青春時代もなければ、ましてや愛する人に巡り会うこともない。
  かわいい我が子をその手に抱くことも出来ずに、あの世に旅立ってしまった・・
  そやから、あんたを見てたら、何でそないに簡単に別れるんや、小さい子も
  いてんのに・・と、つい兄貴みたいな気持ちになって・・
  余計なことを聞かせてしまってすみませんねえ。
  結婚ちゅうのは、楽しいことばかりやない。忍耐の修行をする貴重な機会
  でもあるんや。それを経て、人間ちゅうのは何とも言えん輝きというか奥行き
  が生まれてくるんでっせ。おじさんかて、妻に100%満足しているわけやない。
  家に帰っても暖かいのはストーブだけや。そやけど、出来るだけええとこを見つ
  けて感謝して、25年持たせて来たんや。もちろん、別れてから、どんどん心が
  輝いて「ああ今までのご苦労が、あこや貝の真珠に変わりはってんなあ」と思
  わせる方もようさんいてはりまっせ。そやから、神さんが「もう忍耐の修行は
  合格じゃ」と判断されたら、別れたらええと、おじさんも思うけど、あんたの
  ような理由で、すぐにイヤなこと放り出してたら、また一から忍耐せんとあかん
  状況になるんとちゃうか?いっぺん、自分の心に問うてみて、「もう十分
  耐えたわ。」と納得できるか、それとも短気を起こしているだけか、出来たら、
  もういっぺん、ようよう考えてみてくれへんか?
  おせっかいなオッサンやと思いはるやろうけどなあ・・ 
その妻:ううん、わかった。おじさんの言うこと。
    私、もういっぺん、この人とやり直すわ。 
★:えーーーーっ、ほんまですか?
その妻:私、今まで親にも叱られたことなかってん。そやから、こないに
   親身になって叱ってくれて嬉しいねん。ちょっと変なオジサンやけど、
   今日ここで会えて良かったわ。ほんまに有り難う・・・
   ほな、あんた行こうか・・
   きりんもこっちにおいで。おうちに帰ろ!
西川:(泣きながら)課長ーーーーーーーー!
★:ああ、西川君。
西川:ああ、ボク課長のこと、見直しました!今まで失敗ばっかりしてはった
    けど、今日、課長は市役所業務の神髄を教えてくれはりました。これが
    究極のサービスですわ。いや、これぞ日本を救う「救国のサービス」ですわ。
    ああ、これが、マニュアルを超える瞬間なんですねえ。いやあ、それにしても、
    ボク、知りませんでした。課長にそないな辛い過去があったやなんて・・・
★:えっ、何のことや?
西川:そやから、妹さんを交通事故で亡くされてたんですよね。
★:えっ?もう無我夢中で、そんなことを口走っていたか?しまったーー。
西川:何でしまったーでんねん?
★:だってボクは、ずーっと一人っ子なんだよ。
西川:そやけど、さっきの奥さんの名前見て、動揺してはったやないですか?
   決して忘れてはならない名前や言うて・・
★:ああ、あれね。実は昨日、家内に「帰りに絶対みりん買うて来てや」と
  頼まれてたのをスッカリ忘れていたんだよ。ボクの奥さん怖いの、君も知って
  るだろ?今日こそ帰りにスーパーに寄らんとなあ・・
西川:んな、アホな。
お粗末でございました
(注)特定の役所を想定したものではありません。
<参考>小佐田定雄先生「落語大阪弁講座」       尾上圭介先生「大阪ことば学」       前垣和義先生「ほな、ぼちぼちいこか大阪弁」 <特記事項>「大阪弁講座」(大阪市ゆとりとみどり振興局・(財)大阪観光コンベンション協会)というHPの中では、
        大阪弁のイントネーションが音声で聞けますよ。お試しください。
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